政治の起源

フランシス・フクヤマが3年前に出版し、話題になった本である。国連英検特A級の面接で役に立つのは勿論のこと、現代の政治の動きを分析する上でも必読書であるといえる。本書を読むことで中国には中華人民共和国憲法はあるものの、なぜ法の支配が存在しないのか、ロシアに専制国家が出現し、プーチンの発言力がなぜあれほど強いのか、イギリスで慣習法(コモンロー)がなぜ出来たのかが分かるようになる。政治の起源を理解した上で国際社会を語れば、自分の意見に説得力が増すのだ。

フクヤマによると政治の起源は「国家の建設」「法の支配」「政府の説明責任(アカウンタビリティ)」の三つの視点から分析可能とのこと。国家建設について、中国、インド、中東、西欧の4つの地域から彼は考察している。結論からいくと、戦争が国家を作り上げた。

中国において国家が初めて建設されたのは秦の時代であった。それ以前の周の時代、春秋、戦国時代は親族集団や部族集団が小さな争いを繰り返す世界であったという。親族・部族集団では家族を大切にする儒教の思想が重んじられてきたが、これでは国家としての中央集権的な力を持つことは難しかった。小さな集団が争いによって徐々に数を減らしていき、最後には一つとなった秦では、人々を親族という小さな単位に繋ぎとめておく儒教の思想を排し、国家に従属させておくための法家思想を取り入れた。法家思想は国民を統合し、監視する上では有効ではあったが、理不尽なルールもあったせいかそれを推し進めた商鞅は最後は捕らえられ、皮肉にも自ら作り出した法によって裁かれることになる。その後の中国は儒教思想と法家思想がぶつかり合うことが幾度とあったが、隋によって国家が再び統一されることになる。伝統的に中国に法の支配や説明責任がないのは、周の時代に作り出された文化的水準の高さから来ているといえる。詩経、易経、礼記、書経、春秋など質の高い古典が生まれたのだ。中国は異民族に侵略された歴史があるが、その都度中国の制度は維持されてきた。それだけ成熟したものであったようである。しかし質の高い制度を作り上げたせいか、法の支配を作り出さなかったツケが、昨今の共産党の独裁政府へと繋がってしまったのはなんとも皮肉である。

インドではヴァルナ(身分)とジャーティ(職業)の制度があった。バラモンを最上位とし、法の支配はあったもののヴァルナに束縛され、強力な国家を作り出すことはできなかった。インドでは読み書きもバラモンにだけ与えられた特別な技能であったようである。そのせいかマウリヤ朝がインドに形成された話などは、中国の史記や春秋のように記録としてほとんど残っていない。このように厳しい身分制度と識字率の低さから国家の統合がなかなか進まなかったようである。

中東においてはイスラム教が今日も大きな勢力を保っているが、これはマムルークという軍人奴隷のおかげであった。中東ではマムルークとオスマン帝国の二つが大きな力を握っていたが、どちらも縁故主義が幅を利かせるようになり、最後は制度を維持することが困難になり、倒れることになってしまったようだ。元来マムルークは戦闘能力が高く、戦争の代理人として雇われるプロの軍隊組織であったが、その代理人としての地位が徐々に一つの国家のような集団となり、内部で世襲争いが起きるようになっていったというのだ。人間は最後はプロとしての制度の維持よりも、己の子孫に手厚くしようとするものなので、生物学的な見地から言って無理のある制度は倒れる運命にあるといえる。

最後に西洋といえばやはりカトリック教会が力を持っていた。西ローマ帝国が倒れるまでは人々は親類集団で行動していたが、カトリック教会が出来上がってからは近親者同士での結婚を禁ずるようになった。すると当然ながら親族での行動が取りにくくなり、封建社会へと移るようになる。これが経済力を生むきっかけに繋がり、個人主義を打ち立てる流れになった。個人主義が国家という単位へと橋渡しをしてくれたのは言うまでもない。だがカトリックの個人主義の思想は、宗教的な理由からではなく、物質的豊かさを追求した結果だとフクヤマはいう。カトリックは親族中心主義の東方教会と争ってたことからも、そのような流れを作り出したのだろう。経済的な思想と宗教的な思想は紙一重なのである。

法の支配に関していえば、これは立法者が必要に駆られて作り出したものというよりは、歴史の中で徐々に育まれ、皇帝であれ教皇であれ、誰もが意識し、政治的に束縛されるようなものでなければ法の支配とは言えない。中国共産党は共産党より上位にくる概念がないので、理屈の上では何物にも邪魔されずに意思決定が可能なのである。それゆえ、法の支配がないのだ。詳しいことは邦訳の上巻と下巻に載っているのでそちらで読んでみてほしい。また、原書も英語の勉強になるので、ぜひトライしたいところである。原書のみでは、中国史やイスラムのところはジーニアス英和大辞典にもリーダーズにも出てこないような特殊な固有名詞のオンパレードなので、ぜひ邦訳と原書の両方を揃えてみたい。

The Origins of Political Order: From Prehuman Times to the French Revolution 政治の起源 上 人類以前からフランス革命まで 政治の起源 下 人類以前からフランス革命まで


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