フランス語をかじっておくと視界が開ける

学生時代は第二外国語にフランス語を選んだ。

TOEICのスコアを上げなきゃ…と焦っていた学生時代は、フランス語がまるで頭に入って来なかった。動詞の活用形を覚えようとしても、「将来これは使わないだろうな」という気持ちが先行した。時代は英語一強だろと。しかし皮肉なことに、英語講師になってからフランス語の必要性を感じるようになった。まるで人生の借金取りが後を追いかけてきたかのように。

では、どんな時にフランス語を必要と感じたか? 英語教育に活かす形ではあるが、

①英単語の語源を説明するとき
②文法書や言語学の本を読むとき
③Economistや小説や食事でフランス語を見かけるとき

この3つである。

①の語源に関してだが、英仏百年戦争の時にフランス語が大量に英語に入ってきた。一説には英単語の6割がフランス語のDNAを受け継いでいるとのこと。語源で覚えようと、英単語を細分化していくと、ひょっこりフランス語が顔を出す(厳密にはラテン語とギリシャ語も出てくるが)。普段さりげなく目にする英単語にはイギリスとフランスの戦いの歴史が埋め込まれていたのである。


play(遊び)、game(ゲーム)はフランス語でjeu(ジュ)と言う。

part(部分)という語に近い形で、分割するの古い表現にpartirがある。

jeopardy(危険)はjeu(ゲーム)+parti(分ける)で「勝ち負けを分けるゲーム」→「負ける危険性」→「危険に晒されていること」となる。


conは接頭辞で「共に」を表す。

come(来る)はフランス語でvenir (ヴニール)という。

convenient(便利な)はcon(一緒に)+ venir(来る)+ent(状態)で「一緒に来る状態」→「便利な」「都合のいい」になる。


hold(握る)はフランス語ではtenir(トゥニール)

hand(手)はフランス語ではmain(マン)

tennisという競技はラケットをしっかり握ることを意味する。

maintenanceはmain(手)+tenir(握る)で「手でしっかり握る」→「維持すること」になる。

tenant(テナント)はtenir(持っている)+ant(人)で「賃借人」

manual「手引書」→「取扱説明書」「クルマのMT車」

manicure「マニキュア」

manipulate(操作する)はmani(手)でpul(満たす)→「手を使って何かする」→「人や世論を操作する」「機械などを巧みに扱う」

manufacture(製造業)はmanu(手)にfactory(工場)で「製造業」


blood(血)はフランス語ではsang(サン)

sanguineで「血のように赤い」→「頬が赤くなっている」→「楽観的な」

sanguinaryは(戦いが)「血みどろの」「血なまぐさい」になる。

英検1級レベルの語彙も理解が深まる。


tooth(歯)はフランス語ではdent(ダン)

dentist(デンティストで歯医者さん)であり、

dandelionはdent+de+lionで「ライオンの歯」→「ライオンの歯のような花」→「タンポポ」である。


語源にこだわる人は、フランス語履修者でなくても物書堂の仏和辞典はインストールしておいた方がいいと思う。自分は紙辞書も用意した。特に動詞の活用形がまだ怪しい段階では、初心者用の辞書が役に立つ。基本動詞を引くと丁寧に活用形まで載ってる。おすすめはパスポート初級仏和辞典。

パスポート初級仏和辞典 (第3版)プチ・ロワイヤル仏和辞典 第5版

②に関しては、安藤貞雄の現代英文法講義で英文法をチェックしていると、ところどころでフランス語やドイツ語と比較されているシーンに出くわす。言語学の本でもよく見かける。自分が一番驚いたのは、英語で「~しているところだ」を表す現在進行形がフランス語とドイツ語に存在しなかったことである(現在形で代用するらしい)。それに対し、スペイン語とイタリア語には現在進行形があるのだとか。人々の認知の仕方は興味深い。ヨーロッパの王族はあちこちの国と繋がっているが、国が変わると自分自身のモノの捉え方まで変わるのだろうか。

最後の③については、Economistを読んでいるとヨーロッパの記事と、食事、文化、芸術の話でたまにフランス語が現れることに気づく。Books & artsというコーナーでもたまにJohnsonというコラムで言語に関する話が取り上げられている。英語の二人称は単数も複数もyouであるのに対し、フランス語では単数がtuで複数がvousに分かれているなど、言語の本質に迫ろうとするコーナーがある。

食事をしてると、シャトーブリアンカフェオレ、カフェラテ、ミルフィーユ、ヨックモックのビエ・オゥ・ショコラオレ、パン屋のブーランジェリー・メゾン・カイザー、チーズのフロマージュなどフランス語をちらほら目にする。ついでに、パン(pain)もフランス語である。クーデター、デジャヴ、シュールレアリスム、レゾン・デートルなど政治、哲学、心理学、文学の言葉も時おり見かけるし、日常語では仕事探しのとらばーゆ(travail)、アベック、プチ、グランプリ、ルノアールなど意外に多い。喫茶店カフェベローチェの親会社シャノアールは、chat(猫)+noir(黒)で黒猫の意味。英語でblack catと書かれてあるとサンドイッチが美味しそうに感じられないが、シャノアールだと上品な響きになるから不思議だ。小説においては、オーウェルの「パリ・ロンドン放浪記」を原書で読んでると、英語の本のはずなのに主人公が突然フランス語で喋りだすシーンが出てくる。地味に難しいので自分は邦訳に逃げ込んだが。

ところで、英語講師をしていると初期の段階に求められる大量暗記のつらさを忘れがちだ。第二外国語をやると本来の英語学習の大変さを疑似体験できる。相手の置かれている立場を知る上で役に立つ。独学で最初の段階を突破するにはどうしたらいいのかなど、いろいろと工夫するようになる。自分がやったことといえば、アマゾンのレビューを手掛かりに、最もよく売られている初心者用の本を数冊買うことである。(あまり使わなかった本も出てくるが気にしない)

去年の緊急事態宣言中に語研の「フランス語基本の500語」を読み、文法は「フラ語入門、わかりやすいにもホドがある」の著者・清岡智比古先生の本を数冊読んだら、学生時代の知識が蘇ってきた。そして付属のCDを何度もスマホで聴くことの大切さも実感した。音を使わないと記憶に残らない。この感覚は英語の初級者に教える時にも大事にしてる。視覚だけを頼りにせず、聴覚も使うようにと。

1か月で復習する フランス語基本の500単語 (<CD+テキスト>)フラ語入門、わかりやすいにもホドがある! [改訂新版]《CD付》フラ語問題集、なんか楽しいかも!

最後に猪浦道夫先生の「語学で身を立てる」の「一か国語専門か複数言語習得を目指すか」という項目から著者の意見を引用してみたい。

語学で身を立てる (集英社新書)

英語が得意で成績がよかった人に限って、その後、第二外国語を勉強しなくなる傾向があります。英語はとても複雑な歴史をもった、世界の言語の中でもとても特殊な言語で、特に日本人にとってはいろいろな点で難しい言語なのです。英語を究めるためにも、なにか別の言語(特にフランス語、ドイツ語を勧めます)を少しでもいいですから勉強してみると、英語の本質がより深く理解できることを保証します。

(途中略)

私は常々語学のプロを目指すという生徒に、外国語の専門家になろうと思うのなら、マスターする必要はない、かじるということでいいから、三つぐらいは勉強してみるといいと言って複数言語の学習を勧めています。なぜなら、その方が言葉というものが本来どういうものであるかよくわかるからです。先ほど、英語のことを折衷言語といいましたが、英語という言語は、世界の言語学的な常識でいうと、とても特殊な位置にある言語なのです。ところが、日本では外国語というと英語のイメージが強いため、それが外国語学習のうえでずいぶんと弊害をもたらしているのです。

 

語源の解説として猪浦先生が書くこちらのコラムも面白い。

https://maonline.jp/profiles/inoura

フランス語とドイツ語をやると英語の理解が深まるというのは興味深い話である。英文法では常識的なルールだと思っていた「形容詞の限定用法は名詞の前におく」というルールがフランス語では後ろの場合が多いと知った時はいろいろと常識が崩れ去った。

「えっ、これじゃ奇妙なのでは…」と。

先ほどのblack catを意味するシャノアールはchat(猫)+noir(黒)と、形容詞が後ろに回っている。英語にするとcat blackか。モンブランもMont(山)+Blanc(白)でmountain whiteすなわち白い山、イタリア語やスペイン語で「家」を意味するcasaに「白」を意味するblancaをつけてモロッコの都市・カサブランカ。白い家、White Houseだろうか。カフェベローチェも、caffe + veloce (カフェに素早い)で素早いカフェ。他の言語でも形容詞は後ろにくるものらしい。

ふと立ち止まる。

もしかして英語だけでは言語のなんたるかを理解してなかったのでは…

 

 

PEACE OUT.

 

 

 

 

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