丸暗記は力になる

「漢字はググればいい。計算は電卓を使う。学校で勉強する必要はない」

一世を風靡したYouTuber・ゆたぼんから発信されたこの言葉。よく詰め込み教育の批判として使われ、ネットでは「正論だ」という声も上がる。果たして本当にそうだろうか。
東進の荒巻氏は世界史見取り図の上巻で以下のように述べている。

aramaki world history

「頭に入れておくと力になる」は、仕事をしていて様々な場面で実感する。ホワイトボードの前であんちょこを持てないとき、間髪入れずに例文を紹介するとき、何か調べるにしてもどの本を調べれば解決できるかちゃんと知っているときなど、枚挙にいとまがない。そもそも知識がなければ、疑問に思うことすらない。無知は怖いのだ。

いったん知識を手に入れると、知識がなかった頃と比べて違った景色が見えてくる。


たとえば職場に何の変哲も無いコピー機があったとする。
普通なら「どうやってコピーを取るんだろう」と使い方に意識がいく。
しかし、自分で塾を経営するとなると新たな「知識」を手にいれることになる。今度は「どこのリース業者だろう」とコピー機に貼られているシールに目が行く。そしてそのリース業者をGoogleで検索すると、悪徳リース業者の名前が出てくると。。。


閑話休題。

巷ではコロナ禍で自粛ムードが続いているが、この機を利用して短文を覚えておくと将来力になってくれるはずだ。特に英語講師は多くの短文を暗記しておくと、とっさの質問に対して的確な英文を紹介することができるようになる。それが安心と信頼につながる。

たとえば英作文では、よく別解を聞かれる。「主語は解答と違うものを選びましたがこれでも大丈夫ですか?」と。ついでに「他にもどんなものがありますか?」と。即座に具体例を挙げると、英語の醍醐味と奥深さを感じてもらえる。その場で自分で考えだすのは至難の業だが、佐々木高政の「英文構成法」と「和文英訳の修業」からネタを大量にストックしておけば困らないはずだ。

英文構成法和文英訳の修業新装版 和文英訳の修業

和文英訳の修業の基礎編に次のようなものがある。

「この歌を聞くたびに、あの楽しかったころを思い出します」

「私」を主語にすれば、
Every time I hear this song, I think of those happy days.
I cannot hear this song without being reminded of those happy days.

「この歌」を主語にすれば、
This song never fails to bring back to me memories of those happy days.

「あの楽しかったころ」を主語にすれば、
Those happy days live again in my memory whenever I hear this song.

「思い出」を主語にすれば、
Memories of those good old days always return to me with this song.
になるといった具合である。

この手の英文を多く暗記したことで助けられたことは数知れず。

他にも、
・There構文を使ったほうがいいもの
・否定語・疑問詞を主語にしたほうが収まりのいいもの
・時制や態に気を付けるべきもの
・無生物主語を使うべきもの
・動作より状態で表現すべきもの
などなど、あらかじめよく練られた英文を暗記しておくと、授業内で瞬時にサンプルを紹介することができる。まさにネタの宝庫である。これらを文法書片手に「あ、ちょっと待ってください。えーと、」とやってては心もとない。

特に予備編500題と、基礎編に載ってる例文は自分と相性のいいものは暗記しておくと武器になる。英語講師にならなくても、社会人になってから自分でビジネスメールを書くとき、あるいは人が書いたものを添削するとき、大きな助けとなってくれるに違いない。「瞬時に使える」からこそ力になるし、応用もできるようになる。「知識なんてネットで調べればいい」と、Googleで検索していては隔靴掻痒としていて応用することもままならない。そもそもある程度の知識がなければ内容の真偽について判定すらできないと思うが。

知識は道具である。
もし自分の道具を持たず、毎回人から道具を借りに行く大工がいたらどうなるか。

カンナはA君から借りよう、午後3時まで貸してくれる。
ヤスリはB君から借りよう、でも電車で片道2時間か。
トンカチはCさんから借りよう。あ、でも今日は機嫌が悪いかも。

なんてやってたらエジプトのピラミッドより時間がかかる。

自分のものになってなければ使えないのだ。知識とは自分の体の一部となった道具であり、力である。

そして知識があれば勘も働くようになる。

将棋の藤井聡太2冠の神がかった一手は膨大な詰将棋を覚えたことからくるものだと言われる。指した手がなぜ妙手なのかすぐに説明できなくとも、「なんとなくこうかな」と指した一手が正解だったりする。思考勝負に見える将棋でさえ暗記がいるのだ。語学はなおさらのこと。

ところで、先に挙げた佐々木高政のような良書ほど安易な方法論は示さず、「これを覚えろ」と地獄の大量暗記を課してくる。本のタイトルも表紙も地味だし、帯に著者の写真をドアップで載せて目立とうなどということはない。大衆に媚びず、脱落者が出てもいいというスタンスである。しかし、そこに出てくる例文はどれも秀逸であり、将来の自分を助けてくれるものばかりだ。
sasaki books

ハードカバーで少し使い勝手の悪いところは、全ページコピーしてリングノートに綴じてしまえばいい。手で押さえずに音読筆写できるし、何より余白を活かして書き込みができる。モノは工夫次第で化ける。これを作り出すまで、そして覚えるまでは大変だが。

No Pain No Gainである。

 

PEACE OUT.

 


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